植毛の歴史について 日本人医師の知られざる功績の数々

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今回は植毛の歴史について
いろいろ考えていこうと思います。

昨今は植毛は当たり前の技術になっていて
FUTという素晴らしい手法も
編み出されているわけですが、
それまで長い道のりがあったようです。

・植毛の歴史には日本人が多く登場!

植毛の歴史は実はまだ浅く、
数十年単位しか経っていません。

最初に植毛法として大々的に
知れ渡ったのは1959年のこと。

アメリカの皮膚科医である
ノーマン・オレントリックが
パンチ式植毛を発表します。

現在で言うFUEと同じ理屈の手法で
彼はパンチ式植毛の生みの親と言われ、
術式はノーマン法と呼ばれるほど
偉大な功績となったようです。

しかし、それより20年も前の
1939年にはすでに同じ発想の
植毛法が日本人により発表されていたのです!

その日本人とは奥田庄二という方で、
論文を発表されていたのですが
その時期は第二次大戦があったので
日の目を見ることはなかったのです。

偶然ドイツ人の医師が発見したことで
植毛のパイオニアが日本人だと
判明したくらいなのです。

その後、奥田論文を英訳した
ヨコ美クリニックの今川賢一郎医師は
表彰を受けています。

1960年代初頭から
パンチ式植毛が爆発的に広がります。

その当時はまだ円筒メスの直径が長く
3~4ミリもありました。
(現在は1ミリ以下が通常)

いっぺんに10本以上移植できますが
仕上がりに難点が生じていました。

その後、大きなパンチグラフトを
補助するように考案されたのが
マイクロ・ミニ植毛法です。

ミニは1株に4~6本、
マイクロは1~3本のグラフトで
かなり自然な仕上がりを
実現できるようになります。

はじめは補助的な技術でしたが
そちらのほうが次第に主流となります。

はじめてマイクログラフトと
ミニグラフトだけで手術をしたのは
ブラジルのアーベルという形成外科医。

1991年にその報告をされてから
90年代半ばまでそれが主流となったようです。

ちなみに1930年に慶應義塾大学皮膚科の
笹川正男教授が髪を特殊な針で挿入し
定着したことを発見しており、

同じく慶應義塾大学の田村一教授(泌尿器科)は
1943年にデリケート部分に
頭髪を植え込むことに成功しています。

また、防衛医大皮膚科の藤田恵一教授は
頭髪を眉毛に移植させることを成功させてます。

このように日本人は植毛に向いているのではないか
と思えるくらい偉大な歴史があったのです。

針を使う単一植毛法(ニードル法)も
日本で発表されたものらしいので
改めて日本の技術力には驚かされます。

・世界のゴールドスタンダード植毛術

そして、いよいよFUTの登場です。

FUTは最も自然に仕上げることができる
現時点で最高の術式といわれるもの。

ドナーの単位であるFUは
毛穴単位という最も理想的なものです。

FUの概念は1983年に
ヘディントンという方が
発表していたそうです。

1995年にリマー、バーンステイン、
ラスマンの3人が提唱し、
世界のスタンダードとなります。

ほぼ同時期の1993年には
稲葉益己、義方氏が発表した論文により
FUEも発展していきました。

メスを使わない植毛などど
大々的に宣伝されてるあのFUEですね。

それから90年代後半になってから
機械が出現するようになり、
レーザー植毛といった変わったものも
登場してくるようになります。

FUEはうまく使えば役に経ちますが
高い技術が要求されるうえに
FUTよりも生着率などが劣るため
主流技術となっていません。

機械もほぼ同じ理由で下火となっており、
レーザーは出血が少ない代わりに
血の巡りが悪くなることから
生着率も芳しくないようです。

・今後の植毛界に期待したいこと

植毛の歴史を辿ってみると
日本人の活躍が目立って
いい気持ちになれてよかったです(^^)

1930年代から日本で植毛の研究が行われ、
60年代からは植毛手術が脚光を集め、
90年代にはFUTやFUEが確立していきました。

今後も進化することに大いに期待したい技術です。

なにせAGAを根本的に解決できる
唯一無二の対策といっても過言じゃないからです。

今後も注目の技術であることは間違いないので
何かネタがあればすぐに取り上げて
いきたいと思います。

今後個人的に植毛界に期待したいのは
技術の向上はもちろんなのですが、
腕のいい良心的な医師が増えることですね。

残念ながらそういう方はまだまだ少ないので
どんどん育ってほしいなと思います。

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